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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)82号 判決 1975年12月15日

控訴人

綿貫克夫

右訴訟代理人

平野一郎

被控訴人

株式会社千葉銀行

右代表者

岩城長保

右訴訟代理人

沢田和夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決事実摘示の請求の原因第一項のうち利率の点を除くその余の部分は当事者間に争がなく、約定利率は年五分七厘五毛であつたことが成立に争のない甲第一号証によつて認められる。

二被控訴人の抗弁に対する判断。

(1)  被控訴銀行印西支店が昭和四六年一〇月一四日午前一一時頃、請求原因第一項記載(但し利率は年五分七厘五毛)の定期預金証書一通を持参した「綿貫克夫」と称する男性(以下払戻請求者という)に対し、一、〇二一、三二八円を払戻したことは当事者間に争がない。

<証拠>によれば、右払戻請求者は控訴人本人ではなく、控訴人本人を僣称したものであり、この者が控訴人の住居から前記定期預金証書をロツカーの鍵をあけて盗み出し、又印鑑は箪笥のなかから取り出して、これらを使用し、前記日時場所において払戻を請求したこと、右払戻請求名の氏名は明らかではないが、控訴人はのちに、被控訴銀行印西支店の行員で、右払戻の事務を担当した須賀志郎から、同人のみた払戻請求者の服装、身体、体格などを聞き、これらの点から推して控訴人の思い当たる人物である旨語つたこと、控訴人は右盗難の事実を本件預金が払い戻された後にも、所轄警察署である印西警察署に届け出でず、又告訴の手続もしていないことがうかがわれる。

(2)  <証拠>を総合すると次の各事実が認められる。

払戻請求者は、右払戻の際に裏面の受取人欄に控訴人の氏名が記入され、捺印欄に「綿貫」という印影が押捺されている本件定期預金証書(乙第一号証)を提出して満期前の払戻を請求したが、同人はその際同時に被控訴銀行印西支店の控訴人名義の普通預金通帳を提示しその残存預金全額の五〇万八八九六円の支払を請求した。被控訴銀行においては、一般の慣行と同様定期預金の中途解約は原則としてしないが、病気、盗難等やむをえない事情がある場合は支払に応ずるたて前で、その場合の利息は普通預金なみとする慣例であつた。そこで応待に当つた前記須賀志郎は、払戻請求者は、その旨および殊に満期直前の中途解約は利息の点で不利である旨述べて預金担保の借入をすすめたところ、払戻請求者は「父が病気で入院し金が必要である、利息などどうでもよいから、助けて貰いたい」といつて払戻を強く要求したので、須賀志郎は中途解約の事由があるものと認め、右定期預金証書の裏面の受取人欄に押された「綿貫」の印影と、定期預金元帳(乙第二号証)の控訴人届出の印影を照合して同一のものであることを確認し、なお念のために払戻請求者に対し、前記普通預金の請求書(乙第一〇号証)の請求者の氏名欄に住所の記入を求めたところ、同人は、定期預金証書および普通預金証書には預金者の住所の記載はないのに、即座に「印西町大森三五五三」(但し、横書、数字は算用数字)と控訴人届出の住所と同一の記入をした。須賀の見たところでは、払戻請求者の服装、応答の態度などに不審の点は全くなかつた。そこで須賀は払戻請求者は預金者本人に間違いないと信じ、支店長代理の石井千秋に以上の事情を報告し、その承認を得て、右定期預金および普通預金の各払戻をした。当時控訴人より被控訴銀行に、右定期預金および普通預金について証書の紛失盗難など事故の届出はなかつた。前記定期預金の払戻金額は元金一〇〇万円に普通預金と同率の年二分二厘五毛の利息を加算したものである。

(3)  定期預金は、その性質上預金者からの期限前の払戻の要求に応ずる義務はないが、銀行実務の実際においては、定期預金の受寄者たる銀行は、預金者から特に期限前の払戻を求められた場合は、金額が大きいなど特別の事情がない限り、これに応ずるのが通例で、その場合の利息は普通預金と同率とする商慣習のあることは当裁判所に顕著な事実である。そして本件定期預金契約において、当事者間にこの慣習に従わない趣旨は認められないから、その期限前払戻の場合における弁済金額は、これについて当事者間に特段の合意がなくとも、右慣習によつて、元金に普通預金なみの利息を加算したものとなるわけである。

このように、定期預金契約の締結に際し、その期限前払戻の場合における弁済の具体的内容が確定されているときは、期限前の払戻であつても民法四七八条の適用をうけるものと解すべく、前記認定の諸般の事実によれば、本件定期預金について被控訴銀行のした期限前払戻は同条所定の要件をすべて具備するものとして有効とすべきである。

(4)  原判決事実摘示中の第四抗弁に対する認否ならびに主張の(控訴人の主張)二(原判決の四枚目表二行以下)について

(イ)  その1、2について。これらの点については前記判断のとおりであつて、右認定の事情の下においては被控訴人の本件定期預金の払戻に過失ありということはできない。

(ロ)  その3について。前記認定のとおり被控訴銀行は払戻請求者に対し本件定期預金とこのほかに普通預金も併せて一五〇万円の支払をしたわけであるが、入院費用として必要であるといわれれば、漠然と多くの費用がかかるであろうと推測するでけで、その額が一五〇万円というのは多きに過ぎるとは考えないのが通常であろうし、病の態様、治療の方法によつては、より多くの費用を要することもあり得ると考えられるから、この点について過失をいう控訴人の主張は当をえない。

(ハ)  その4、5、6について、この点については原判決の九枚目表一行から一〇枚目表二行までをここに引用する。ただし、同九枚目裏一一行の「認められ」と「この点においても」の間に「上記認定の各事実を総合すれば、被控訴人のした本件払戻には」との記載を加入する。

三以上のとおり、被控訴銀行の抗弁は理由があり、控訴人の請求は理由がないことに帰着するから、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(松永信和 小林哲郎 間中彦次)

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